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乳幼児の子供に語りかける際に気をつけたこととは


赤ちゃん言葉はかわいいが、子供には無用の長物である

 赤ちゃんが新しい家族として加わると、家族の雰囲気は華やぐものです。ご両親のみならず、おじいちゃんおばあちゃん、お兄ちゃんやお姉ちゃんは、みんなで赤ちゃんをアヤすことでしょう。

 赤ちゃんが女の子の場合、お父さんの喜びはひとしおであり、正に「目に入れても痛くない」存在とはこのことかと実感できるほどの可愛がりようです。

 当然のこと、お父さんも赤ちゃんに語りかけます。

「パパが帰りまちたよ~。わらってまちゅね~」

「おなかすきまちたか~。まんまあげまちゅね~」

 これ以上崩れようのない笑顔で語りかける様は、見ていてもほほえましいものです。また、これはこれで問題はないと思いつつも、赤ちゃん言葉を多用するメリットはあまりありません。

 たとえば、自動車を「ぶーぶー」、ご飯を「まんま」と親が使うことはよくありますが、すでに各所でふれているように、乳幼児の記憶能力には、何がだめで何がOKであるかといった境がありません。自動車は「じどうしゃ」と教えても、そのまま覚えることができますし、発音に関しても「じどしゃ」などと若干の簡略系になるものの、十分に意味を伝えるレベルで発音することが可能です。

ちょっとした副作用も経験したが、やはり赤ちゃん言葉はいらない

 私事で恐縮ですが、乳幼児の頃から、赤ちゃん言葉は全く使いませんでした。

 語りかけるトーンを高めるとともに、若干ゆっくりにしたり、愛情を言葉に込める配慮はしましたが、言葉自体を崩すことなく、どのような言葉であれ、そのまま子供に与え続けました。

 子供はそれをそのまま吸収し、記憶していきます。また、読み聞かせや読書などで、それらの単語が登場した際に、子供は既に知っていることを喜び、それを楽しげにリピートします。

 そしてこのことで、脳内の単語や言葉のネットワークは更なる広がりをみせることになります。しかし安易に訳した赤ちゃん言葉は、その後、他の情報として出現する確率は低く、かわいいという以外、なんら意味をもちません。

 2歳を迎えるころの私と子供の会話は、トーンや発音にかわいさが残るものの、家族含めて分け隔てないものとなりました。

 ただし、ここで実体験からのちょっとした問題点も書き加えるならば、理解力や語彙力が飛躍的に向上したことで、気になる点も何点か散見されるようにもなりました。

 夫婦の会話に参入したがるようになったのです。

 たとえば・・・。

「年末のお歳暮だけど、誰に送っておくべきかな」と私。

「斉藤さんにも送らなきゃね。お世話になっているし」と妻。

ところがここで2歳の娘が登場です。

「お世話になっているから、世田谷のおばちゃんにも送らなきゃね」

 ここに家族以外の人間がいると、一様に目を丸めます。親としてはどう対応して良いのか戸惑う瞬間です。

 たぶんは「かわいげのない子供だ」と思われたかもしれません。また、爆笑されて、娘が逆にそれに驚くと言ったシーンも記憶しています。しかし実は、家族内であれば、会話はそのまま普通に続くことになります。

 新しい家族として加わってからまだ2年の娘は、時としてすでに同じ目線でものを語る一員となっていたわけでです。

「君はまだ2年程度の人生経験しかないので、大人の会話に入る際には、少し気をつけた方がいいよ」

 そんな言葉を娘に投げたことがあります。

「うん。わかった」

 結果はどうであれ、意志の疎通は非常に取りやすくなりました。

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本サイトへのアクセスありがとうございます。RYUです。これまで教育関連で幼児教育に携わりつつ、多くの子供たちの教育現場に立ち会ってまいりました。この中で、早期教育がその後の子供たちの人生を豊かなものにしていく様を見てまいりました。ここでは、そんな経験をもとに、胎児幼児の効果的な教育技術についてわかりやすく紹介してまいります。ご参考いただければ幸いです。

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